歴史に学ぶ!合わない上司に従った男の悲劇とその対策とは?

どうもです。

拓です。

 

今お勤めの職場に、なんか考えが合わない上司っていませんか?

あるいは、違和感を感じ続けている会社の方針とか。

 

そんな状況の中、モヤモヤしながらも 無理して従っていても、あんまり良い結果には なりそうもありません。

 

戦国時代でも特に有名な『長篠の戦い』

この戦いに参戦した真紅の武将の無念が物語ります。

 

違和感を感じる上司や会社を見限る未来を見据えてみませんか?

 

開戦

2年前にお屋形様が亡くなった。

お屋形様(武田信玄)は、近隣諸国も震え上がる最強軍団を作り上げた。

 

後を継いだ武田勝頼様に従い 俺は今、長篠の戦場に布陣した。

対するは、 織田信長、徳川家康の連合軍。

 

ハッキリと断言できる。

『この戦・・勝てない・・・』

 

そう感じていたのは 俺だけではない。

幾多の戦場を駆け抜け、戦国最強と呼ばれてきたお屋形様以来の武将たちは皆、肌でそれを感じている。

ここは退くべきだと説得した。

しかし、勝頼様は決戦を選んだ。

 

武田信玄という偉大過ぎる父。

母親は、そんなお屋形様の側室。

そういった境遇が 勝頼様の焦りを生み出した。

勝頼様は、自分の実力を 俺たちに示したかったのかもしれない。

二代目にかかる重圧は 相当なものだったんだろう。

 

ほら貝の音が 戦場に響き渡る。

戦国最強と言われた武田の騎馬隊が、雄たけびをあげて織田・徳川連合軍に突撃を開始した。

俺の率いる真紅の部隊も、すさまじい勢いて突っ込んでいった。

 

急ごしらえで作った城にこもり、馬防柵をめぐらした織田・徳川連合軍は、それを待ち受けるかのように鉄砲を間断なく乱れ撃ってくる。

多くの仲間が倒れた。

俺の率いる真紅の勇士たちも 次々と銃弾に倒れていった。

 

銃弾が雨あられにように 飛び交う中、 それでも俺たちは突撃を繰り返した。

本心では『無謀だ・・・』と思いながら。

 

しかし、もう後には引けなかった・・・。

 

赤備えの猛将

武田信玄の家臣で、真っ赤に染め抜いた甲冑を身にまとった部隊。

そんな真紅の部隊が、敵を蹂躙する。

その姿は『赤備え(あかぞなえ)』呼ばれ、近隣の大名に恐れられました。

 

山県昌景(やまがた まさかげ)

 

武田信玄が最も信頼した家臣であり、戦国最強 武田軍の象徴 『赤備え』の部隊を率いた武将です。

 

赤備えの強さは近隣諸国にも鳴り響き、昌景の部隊と対峙した敵軍は恐れおののき、戦う前から逃げ惑う有様だったと伝わっています。

 

信玄の腹心として、信玄とともに 武田家を繁栄させてきた昌景。

しかし、信玄は急逝し、息子の武田勝頼があとを継ぎました。

そして、戦国時代でも名高い長篠の戦いを迎えたのです。

 

無念の突撃

もう後には引けない。

なんとしても、勝頼様だけは お守りしなければならない。

間断なく飛び交う銃弾の中、 俺たちは突撃を繰り返した。

 

その時・・・・ 決死の覚悟で部隊を指揮する俺の両腕を銃弾が貫いた。

俺は馬から転げ落ちた。

手にしていた采配も落っことした。

両手を負傷し、もはや采配を持つことが出来ない。

赤備えの部隊を指揮できない。

それでも情け容赦なく 銃弾は飛んできた。

 

俺は最後の力を振り絞り、何とか体を起こした。

采配を口にくわえて・・・。

 

両腕など使えなくとも まだ戦える。

 

相も変わらず戦場には銃弾が飛び交っている。

そんな長篠の戦場には、最強と言われた我が武田軍の勇壮さは微塵も感じられなかった・・・。

戦場に広がる全ての景色が、歴戦の勇士たちの屍だった。

 

俺は、ふと思った。

『もし、お屋形様が生きていたら・・・』

『きっと、こうはならなかった・・・』

『最強の武田軍が・・・』

『最強の赤備えが・・・』

『この戦場を蹂躙していたはずだ・・・』

 

悔しさのあまり、采配をくわえた歯に力が入った。

『やはり・・・無謀な突撃だった・・・・』

 

その瞬間、再び一斉射撃の轟音が戦場に鳴り響いた・・・。

戦国最強と恐れられた武田軍の象徴 赤備えの猛将 山県昌景は 戦場の露と消えた。

赤備えの部隊が崩れた武田軍は なすすべなく瓦解した。

 

合わない上司を見限る勇気

山県昌景は、志半ばにして戦場に散りました。

武田信玄が上司だったころは順風満帆だったけど、勝頼が後を継いだ途端、 雲行きが怪しくなり、 武田は瓦解していきまいた。

 

昌景と勝頼の関係のように、明らかにダメだろ・・っていう会社とか上司の方針に、従わざるを得ない時ってありませんか?

なんというか・・・納得していない上司の意見とか、会社の方針とかに従うのって、結局のところ、自分の外側にあるものを基準にしているってことなんですよね。

それじゃあ、やっぱり幸せにはなれないです。

 

戦国時代って、そりの合わない 上司と部下(主君と家臣)を扱った逸話が結構あります。

そして、指示に従った結果、だいたいろくなことになっていません。

その全てが史実とは言いませんが、同じような逸話が複数あること自体、縦社会の本質的なところを突いているのではないかと思います。

 

山県昌景は、武田信玄とは、お互いにストレスなく同じ方向に進むことが出来ました。

しかし、勝頼の代になって同じ方角に進むことが出来ず、やむなく昌景が勝頼に合わせる格好になりました。

その結果が、長篠の戦いであり、名門 武田家の滅亡でした。

 

上司が有能か無能かっていうのも大事かもしれませんが、それよりも上司と考えが合わなくて、同じ方向に進んでいけないっていうのが、一番の問題なんではないでしょうか。

 

めちゃくちゃなことを言う上司。

社員のことを考えない会社。

そんな上司や会社は、見限ってしまうのが正解なのかもしれません。

そんな上司や会社に従っても良い結末なんて待っていない。

 

山県昌景は、戦場に散りました。

現代でこそ戦死はないと思いますが、上司との人間関係で心を病むケース、最悪、自ら命を絶つケースはあります。

そんなふうに、後に引けなくなる前に、会社や上司を見限っていいんです。

 

見限りたいけど収入がなくなって困る、という場合もあると思います。

そんな時は、副業からでも少しずつ見限る準備を進めることもできます。

そんな時は、是非ご相談ください。

 

現代の長篠の戦場に向かうことなく、昌景のように後に引けなくなる前に、上司基準や会社基準じゃなくて、あなたの基準で向かう道を選んでほしいなと思います。

 

山県昌景と同じく武田四天王の一人『内藤昌秀』のお話はコチラです。

歴史に学ぶ!あなたの魅力は自分の中にあるのを知っていますか?

2019.09.18

 

 

一日24時間が自由に使える『趣味三昧な毎日』を実現する秘訣はコチラ

電子書籍無料配布中!

24時間 趣味三昧な生活を実現する

0から始めるオススメ教材