歴史に学ぶ!あなたの魅力は自分の中にあるのを知っていますか?

どうもです。

拓です。

 

世間では、外向的な方がいいみたいな雰囲気ってありませんか?

とくに会社なんかだと、内向的な人より派手で外向的な人が評価されやすかったりとか。

 

でも、内向型で目立たないから評価されないってのは、なんだか疑問に感じます。

 

今回は、戦国時代に地味さで悩んだと思われる、一人の武将の物語をお届けします。

なお、こちらの記事をご覧になってからだと、この記事の内容がより理解出来るかと思います。

歴史に学ぶ!合わない上司に従った男の悲劇とその対策とは?

2019.09.17

 

武田の副将

俺は、武田家の副将と呼ばれている。

お屋形様(武田信玄)からも、一応は評価されているようなのだが・・・。

あまりに高く評価されすぎて期待値が高かったのだろう・・。

お屋形様から、戦果を称える『感状』を賜ったことがない。

 

確かに、俺には目立った戦果が無い。

俺と同じ武田四天王と呼ばれた仲間には、みんな大きい実績がある。

山県の赤備えなどは、隣国までその強さが鳴り響いている。

 

しかし、俺には無い。

俺は、他の3人に比べ地味だ。

それでも俺は、副将と呼ばれ期待されている。

 

俺は小荷駄隊を率いて、よく合戦に参加している。

いわゆる補給部隊だ。

 

小荷駄隊がなければ・・・物資補給がままならなければ、戦には勝てない。

そういった意味では、俺の率いる小荷駄隊の重要性は十分すぎるほど理解している。

 

しかし、派手な戦果を挙げる山県たちへの嫉妬ばかりが大きくなる。

副将の肩書に負けないくらい大きな戦果が欲しい。

2年前に亡くなったお屋形が納得する戦果をあげて、感状をいただきたい。

例え、それがあの世であっても・・・。

 

そして、いま俺は長篠の戦場に立っている。

この戦いが、その最後の機会になるかもしれない。

 

武田の副将

戦国最強と言われた武田軍の副将。

『内藤昌秀(ないとう まさひで)』

ちょっと前までは『内藤昌豊』とされてましたが、最近では『昌秀』が正しいと言われています。

 

昌秀は、山県昌景と並ぶ『武田四天王』の一人です。

しかし、他の四天王に比べて、地味さに定評がある武将です。

 

物資補給を目的とする小荷駄隊を率いたりしていたので、致し方ないのですが・・・

 

ただ、昌秀の最大の魅力って、この地味な部分なんじゃないかと思うのです。

そんな状況の中、昌秀は運命の長篠の戦いを迎えたのでした。

 

馬防柵の向こう側

長篠の戦いの火ぶたは切って落とされた。

お屋形様に育てられた歴戦の勇士たちが突撃を開始した。

もちろん、俺もその内の一人だ。

 

山県や馬場、真田の倅たちは、口をそろえてこの戦は無謀だと言っていた。

俺も、全く同意見だ。

そう思う反面、戦果を欲するもう一人の俺がいた。

 

山県と俺は、陣形の左翼を担った。

目指すは、織田・徳川連合軍が籠る馬防柵の向こう側。

そんな馬防柵の内側から、俺たちに向けて間断なく銃撃が見舞われる。

しかし、俺は織田・徳川連合軍の本陣に向かって突き進んだ。

 

その最中、遠方に微かに見えた。

真っ赤な甲冑に身を包み、口に采配を加えた男が、銃弾に倒れる姿・・・。

 

しかし、周りを気にしているような状況ではない。

ゆえに、ハッキリとは認識できなかった。

 

銃弾は、絶え間なく俺たちに向かってくる。

とにかく、無我夢中で突っ込んでいった。

 

そして、俺たちの部隊は馬防柵に辿り着いた。

馬防柵の内側に行き、接近戦に持ち込めれば鉄砲など怖くはない。

 

俺は馬防柵をよじ登った。

敵の本陣は、この馬防柵を下りた先にある!もう目の前だ!

 

しかし・・・・

 

よじ登った馬防柵のてっぺん近くで、敵の槍に突かれた。

脇腹に熱いものを感じた瞬間全身から力が抜けた。

俺は、馬防柵から落っこちた。

 

もちろん、馬防柵の外側に落ちたのではない・・・。

馬防柵の内側だ!!

 

しかし、槍で刺された挙句、鈍い音を立てて地面にたたきつけられた俺には、もう起き上がる力は残っていなかった。

 

不思議なことに悔しさは無かった。

馬防柵の内側に辿り着けたのは俺だけだ・・・。

 

これが俺の人生における最高にして最大の戦果・・・。

 

この活躍を、あの世で見ていてくれたお屋形様から、きっと感状を賜れるはずだ・・・。

やっと、お屋形様が俺を認めてくれる・・・。

あとは、感状を賜るために、お屋形様のもとに向かうだけ・・・。

 

俺の口からは、真っ赤な血とかすかな笑みがこぼれた。

その瞬間、数えきれない槍の穂先が、地面に這いつくばる俺に向けられた。

 

『敵将!内藤昌秀!討ち取ったり!』

織田・徳川連合軍の大音声が戦場にこだました。

 

武田信玄を支えた勇将が、また一人、戦場に散った。

しかし、昌秀にとっては、最高の戦果をあげた瞬間だった。

 

自分が持っている魅力を深堀する

↓コチラの記事↓で取り上げた山県昌景に続き、長篠の戦場に散った内藤昌秀。

歴史に学ぶ!合わない上司に従った男の悲劇とその対策とは?

2019.09.17

 

実際には、退却戦の最中に銃撃で戦死したとも、馬防柵を乗り越えた後に討ち取られたとも言われており、最後の状況がハッキリしませんが、壮絶な最期だったことは間違いありません。

 

また、山県昌景や他の四天王に比べ地味なのは事実ですし、信玄から戦果を称える『感状』をもらったことが無いという逸話も、実際に残っています。

 

それでも昌秀が『副将』と称されたのには、それなりの理由があると思うんです。

それこそが、昌秀の地味で堅実なところだと、僕は考えています。

 

昌秀が率いてきた小荷駄隊(補給部隊)は、戦の屋台骨を支える重要な部隊です。

そんな補給部隊を任されていたこと自体が、昌秀の能力の高さを物語っています。

 

戦場で槍を振り回して目立つのは、昌秀らしくない。

昌秀の魅力ではなかったんです。

 

なにも外向的で派手なのが、必ずしも正義ではないと思っています。

昌秀のように、無理に派手さを求める必要はありません。

まだ、上司に認められたいがために、自分の魅力を捨てる必要もありません。

 

確かに、隣の芝生は青く見えてしまいます。

ですが、隣の芝生が青く見えた時こそ、自分に無いものを求めるよりは、自分にあるものを深堀していくこと。

これが、仕事やブログでも活躍できる大事な部分なのです。

 

内藤昌秀と同じく武田四天王の一人『馬場信春』のお話はコチラです。

歴史に学ぶ!仕事にやりがい感じてますか?責任感より大事な使命感

2019.09.20

 

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