歴史が証明!つらい努力をしない方が成功できる理由とは?

どうもです。

拓です。

 

あなたは『努力』という言葉を聞くと、どんなことを思い浮かべますか?

 

根性で取り組むこと?

歯を食いしばって耐えること?

辛いことを我慢して乗り切ること?

 

正解は『夢中でハマること』です。

そんな事例を、日本史上最悪のダメ将軍の人生から紐解いてみたいと思います。

 

応仁の乱

11年もの長きに渡り争いが起こった。

たくさんの血が流れた。

 

でも・・・僕は何も出来なかった。

 

自分の立場を考えれば、僕がなんとかしなければいけなかった。

争いを収めなければいけなかった。

 

でも、僕は何もできなかった。

なにひとつ解決できなかった。

 

僕は部下をグイグイ引っ張っていくような、積極性もカリスマ性もない・・・。

正直を言うと・・・争いが起こっている最中、一刻も早く自分がおかれている立場から解放されたかった。

 

僕は・・・・

将軍になんてなりたくなかった・・・。

 

ダメ将軍

約11年もダラダラと続いた日本史上、最も無益な戦争と言われる『応仁の乱』。

応仁の乱が発生した時の将軍を『足利義政』と言います。

 

義政の後継者争いが絡み、応仁の乱が勃発。

しかし、義政は将軍と言う政治の最高責任者であるにも関わらず、何もできませんでした。

 

現代で例えるなら、日本で内紛が起こっているのに、総理大臣が何もしていないのと同じことです。

 

義政は三男坊だったため、本来は将軍になる立場ではありませんでした。

ところが長兄が早世、次兄は関東を治めるために京都にはいませんでした。

このような経緯で、意図せず将軍になってしまった義政。

 

性格的にも優柔不断だったため、自身の後継者も決定できず、応仁の乱を招いてしまいました。

 

ここまでを見ると、とんでもないダメ将軍。

しかし、義政の魅力はもっと別のところにあったのです。

義政の魅力が発揮できる仕事は、将軍職ではなかったのです。

 

銀閣寺

僕は将軍を辞めた。

そして、今は趣味の要塞に引きこもっている。

夢にまで見た趣味三昧の毎日。

やりたくなかった将軍という仕事では、決して叶えられなかった趣味三昧の生活。

 

決して広い空間ではないけれど、好きな絵画や茶器を飾り、それらを眺めているだけで幸せだ。

来客があった時には、飾ってある自慢の茶器でお茶を振る舞う。

 

将軍という仕事には、全く情熱を傾けられなかった。

でも、今は違う。

 

僕自身の好きなこと、興味のあること。

時間を忘れて、情熱を傾けられること!

そんな環境で趣味三昧を、楽しんでいる。

 

僕は将軍なんて権力に興味はない。

 

好きなことに囲まれて、好きなことをしながら人生を終えたい。

権力が支配する縦社会から解放された時、その夢は叶うんだ・・

 

本当の努力とは?

嫌で嫌で仕方なかった将軍という地位を離れた義政は、趣味の要塞を作り上げずっと籠っていました。

この義政の引きこもり場所は、とても有名な観光地となり今も残っています。

 

『慈照寺銀閣』

 

通称『銀閣寺』と呼ばれる京都の人気観光地です。

 

この銀開寺で義政が趣味に没頭し、日本を象徴するひとつの文化が生まれました。

 

『わびさび』です。

これを『東山文化』と呼びます。

 

やりたくない将軍だった時には何も出来なかった義政は、日本史上最悪の将軍のレッテルを貼られてしまいました。

 

しかし、将軍を辞し、本当に好きなことと向き合える環境に身を置いたことで、日本人の源流ともいえる『わび・さび』という文化を生み出しました。

 

好きなことだからこそ、時間を忘れて夢中になれること。

それが仕事になった時、それは天職と呼べるのではないでしょうか?

 

嫌なことに我慢して向き合い、歯を食いしばって頑張ることを、僕は『努力』だと思いません。

それは『我慢』です。

 

夢中になってしまって、結果的に時間を忘れて没頭してしまった。

これが幸せな『努力』の仕方だと、僕は思っています。

 

多くの人が、仕事には1日の多くの時間を割いています。

そんな仕事の時間も、あなたの好きなことが出来たら、それはとっても素敵なことです。

 

時間を忘れて夢中になれること。

最強の努力とは『没頭できること』。

 

好きなことに向き合えたからこそ、『わびさび』の素晴らしい文化を残せた人物こそ、日本史上最悪のダメ将軍 足利義政だったのです。

 

 

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